Mollusk

集積所。

小さな革命の実践

横道誠『みんな水の中』と綾屋紗月、熊谷晋一郎『発達障害当事者研究』を読んだ。発達障害の当事者が、「自身の接している世界がどのようなものであるのか」について、経験を交えながら書いた本である。ユクスキュルの「環世界」の概念を引くまでもなく、同じ人間同士でも見ている世界は異なるものだ。横道や綾屋は精緻な分析によって、世間からは理解されにくい自分達の感覚や行動、心の動きについて、さらにはそのメカニズムについて記述していく。著者たちは、我々が無意識のうちに捨象している刺激の渦の中にダイレクトに巻き込まれ、戸惑いながらもなんとか生活を成り立たせようと工夫を重ねている。

世界から享受される多種多様な刺激に、直に向き合わざるを得ない人たちの生活から生まれた二つの著作は、逆説的に、我々の日常生活が世界に対して閉ざされたものであるという事実を明らかにする。この社会は、それを構成する個々の人間に、あらゆる刺激に対して鈍感であることを強いている。端的に言えば、資本主義社会は「何も感じない」人間を欲していて、発達障害者たちはそこからは遠いものとして排除されているのだ。

他者の「環世界」についての精緻な記述は、自身の「環世界」やそれに対応するメカニズムを変化させうるだけの力を持っている。ならば、そのような他者の言葉に耳を傾けることは、自身を変革するための一つの有力な手段となりうるだろう。世界に対する不感症は、他者の声に耳を傾けることで解消されうる(加えて言えば、芸術とは世界に対する不感症を解消するものの総称である)。それがこの社会にとって都合の悪い人間になることを意味するのならば、この不感症を解消し、世界に対する自身の解像度を上げることは、小さな革命の実践である。