Mollusk

集積所。

『アメリカン・ナルシス―メルヴィルからミルハウザーまで 』

 著者の専門であるアメリカ文学についての論文集。
 
「神の死」以降の「自己意識」の問題を『白鯨』における(ナルシスの)鏡としての水面に探る、「白鯨あるいは怒れるナルシス」
 そこでは、自己こそが最大の他者であるというパラドックスが提示される。自己は自身を距離によって対象化し他者化することでしか認識されえない。そのため自己意識の中には「他者」という亀裂が潜んでいるのだが、自己の創造者として絶対的に自己自身であろうとしたエイハブは、それ故に自らの中に「他者性(=モービーディック)」を発見してしまい破滅してしまうのだ。
 

 論文集を通して、「自己意識」が一貫したメインテーマとして存在しており、通して読むとアメリカという国家の抱えている複雑な自意識が立ち上がってくるような構成となっている。個々の作品分析だけでなくアメリカ文化論としての趣が強い文章も収録されているが、アメリカは「物語」が「現実」に先行する国家である、という指摘が鋭い。それは国家のレベルでは独立宣言に当て嵌り、個人のレベルでは『フランクリン自伝』に代表されるように、今の自分を否定し自己を改造し成功するというビジョンに当て嵌まる。その意味でアメリカは未来志向的であると著者は述べる。

 

 フランクリンがやがて国家建設へと向かったように、自己改造の意識は世界改造への意思へと拡張され帝国主義へと至る危険性を秘めている。アメリカ文学は伝統的に帝国主義的な意思に貫かれていた、と著者は言う。そして本書の第三部では、そのような思潮から遙か遠くに隔たったところにある作家たちの作品が分析される。

 

アメリカにおいて、現実とはアメリカの半分でしかない。あとの半分は、いまだ達成されていない理想である。半分は夢でできた国なのだ。」